”西安(長安)”
碁盤の目のようになっている 西安の
街並我々は桂林から飛行機できましたが
飛鳥の時代 遣隋使、遣唐使たちはこの
遥かな道のりを歩いて辿ったのである
城壁の上の建築
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城壁の横にあった建築物
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”西安の城壁”
西安は町の周りが堅固な城壁で囲まれていた
異民族の襲撃にいつも晒されていた為である
そういえば桂林では目の色の違う(壮族自治区)
中国人を見ました
秦の始皇帝陵 私ではありません
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華清池
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始皇帝陵は秦の始皇帝が
中国の西安郊外に総勢70万人と40年の
歳月をかけて作られた巨大な陵である
華清池は この近くにある
西洋人のような楊貴妃の像 華清宮の池の前に立っている
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貴妃池 楊貴妃専用の浴槽
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華清池は西安から東に30k離れた驪山の麓にある。
三千年前の西周時代からの温泉の湯元があったためで
歴代の皇帝及び現代も 為政者の癒しの湯治場として
使われている
右画像は玄宗皇帝、楊貴妃二人だけの専用風呂だが
意外と小さかったし冷たそうな大理石の石風呂であった
横にあった女官達の風呂は大きく 宦官が世話をした
楊貴妃は718年蜀州の官吏楊玄炎の娘として生まれた
名は楊玉環と言い 16歳の時、官名(ミス)に選ばれて
宮殿に入り、玄宗の子、寿王の妃となりました
ところが玄宗皇帝は二人だけでこの温泉に入ったと云う
200人も入れそうな巨大な浴槽 召使達専用の風呂
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秦始皇帝兵馬俑博物館
兵馬庸抗の上に建てられている
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馬車の俑
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気が遠くなるほどの兵馬俑
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始皇帝陵の東隣1.5kmにある 1974年に農民に
よって偶然発見された 6000体以上にのぼる
陶俑が眠っていた ここが一番大きい坑という
ことであった
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補修されていない陶俑がゴロゴロと転が
っていた。まだ3つの抗が残っているとか
発掘してしまうとどの程度 保存が効くか
判らないので 慎重にする必要があるとか
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三蔵法師の建てた大巖塔 中に入って塔に登った
大雁塔は西安市南方5Kmにあり、
『西遊記』で知られる 玄奘三蔵が
インドから帰った後で 持ち帰った
サンスクリット語の仏典の保存の
ために建てられたという

明日はまた飛行機で北京へ行く
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